治療スタート

疲労とストレスから始まった数々の体調不良。いくつかの病院を受診し検査を受け、ようやく症状を理解してくれる医師と出会い、「自律神経失調症」の治療が始まりました。このころはまだ「パニック障害」とは診断されていませんが、似たような発作は何年も前に実は経験していたのです。

ひでじぃは毎朝バスと電車を乗り継いで通学、通勤していました。
バスは確実に座れたのですが、次に通勤ラッシュの電車に1時間弱乗らなければなりません。
それが自分では当たり前のこと思っていたつもりが実際には非常にストレスだったようで、時々感じたのは頭の中、特に後頭部でモゾモゾと何かが動くような不快感や、何かが迫ってくるような恐怖感。その頃はまだ頭を振ってみたり景色を見て違うことを考えたり深呼吸したりで何とか我慢できる程度でしたが、できれば座りたい(自分のスペースを確保したい)と思うようなことが何度か起こりました。
実はひでじぃは昔からストレスに弱い人間だったのかもしれません。
それに気づけず、しかも否定するような日常を送っていたが為に、このあと何年も苦しむことになるのです。

治療とは言っても、毎週症状や対処法の話をして筋肉の緊張をほぐす薬を出してもらうだけでしたが、あの診療所のパジャマ医師のように自分の知識が足りないことに気づかず、患者に耳を傾けようともせずに無駄なビタミン剤を出すのとは違って、ひでじぃのような症状を知っていて、その上で薬を処方してくれているという安心感がありました。

理解者がいるのは大きいです。今みたい何かあればすぐにネットで調べようと思うほど、ひでじぃはまだそこまでネット慣れしていませんでしたし、当時パニック障害のことがどの程度認知され理解されていたでしょうか?

余談になりますが、理解者というキーワードでのエピソードと言えば、(とても簡単に書きますが)心療内科にある程度の期間通うと補助を受けることができ、今後も治療が必要と判断されれば診察費用を安く抑えることができます。
診断書をもらったり役所へ行ったりの手続きは必要ですが、月に1度の通院でも補助は受けられます。
詳しくは病院で聞いてみてください。

手続きに関する書類が、他の自治体は判りませんがひでじぃの自治体では「障害〇〇課(←覚えてなくてすみません)から届くのですが、世間体第一主義の母親にとっては息子が障害〇〇課と言うよりは「障害」というワードが入っている組織に関わっているのが気に入らないらしく、「それ必要なの?」「お金出せばいいじゃない」と、母親らしい主張をしていました。
この人にとっては「自分が他人からどう見られるか?どう思われるか?」が一番大事なのです。
息子がそいうところと関わっていることで、自分がどう思われるのか心配したのでしょう。
そんな母親のことはまた別の機会に。

話を戻しますが、幸い通院と服薬によって肩や首のハリと脈打つような頭痛は多少マシになったように感じていましたが、発作は時々起こりました。
人込み、エレベーター、電車、運転中の渋滞など、さっとその場を離れられない状況になると突然迫ってくる恐怖心。またいつ起こるかわからない発作に怯え、相変わらず外出には億劫。
仕事でどうしても必要な時だけ出るぐらいで、「治ったかも?」と思えるぐらいに回復するまでには至りませんでした。

だって、「筋肉の緊張をほぐす薬」しかもらってませんから。
それでも当時はその薬が命綱みたいなものでしたが。

そして2年ほど通院したころ、担当の医師が定年退職することになり、担当が若い医師になりました。
ちょうどそのころ、ひでじぃと同じような症状について書かれたサイトを見つけ、実はこの時初めて「パニック障害」という病名を知りました。自分と同じだと。

自分がパニック障害だと確信したひでじぃは、数年通った神経内科への通院をやめ、別の心療内科へ行くことにしました。
「心療内科」とか「精神科」。ちょっと行きにくくないですか?
ひでじぃも随分悩みましたし、そこへ行くのが恥ずかしいとか、人目が気になるとか、色々葛藤はありましたが行くしかなったのです。「今頼れるのは心療内科しかない」。そんな気持ちでした。

その心療内科はHPがあり、行く前に院内の写真や院長の挨拶など隅々まで確認し、覚悟を決めていざ訪問。
最初は今現在出ている症状をできるだけ記入し、それに沿って診察。
特に検査などは無かったような気がしますが、やはり「パニック障害」と診断され治療がスタートしました。

まず、処方された薬は慣れるまでに時間がかかり、しばらく吐き気が続きました。
1か月か2か月経ち、薬に慣れて吐き気も治まったころ病院では「服薬だけでなく発作が起こったり起こりそうな状況をあえて再現し、何も起こらなかった、平気だったという経験を積み上げることが大事だ」と教えてもらいました。
誰でも「また何か起こるんじゃないか」「また失敗するんじゃないか」というトラウマは記憶に刻まれやすいですよね。でも何も起こらず、成功を繰り返すことでその嫌な記憶は遠くなり、いずれ忘れてしまう。
パニック障害の治療にも同じことが言えます。経験した人にしかわからないあの恐怖。あえて自分をそこに持って行くのは勇気がいることです。

当時ひでじぃは母親と二人暮らしでした。母親は免許がありませんでしたので週に1~2回は車で買い物に連れて行っていましたが、発作が起きるようになってからはご近所さんに連れて行ってもらっていました。
しかし、いつまでも発作を恐れているわけにはいきません。
トラウマを克服すべく、再びひでじぃの運転で買い物に行くようになりました。途中で引き返すことも何度もありました。目的地にたどり着いてもひでじぃは車で待機。
そんなことを繰り返すうちに、途中で引き返すということはなくなっていき、ひでじぃも少し店内へ足を運ぶことも増えていきました。

ようやく普通の生活に戻れると、期待することができました。

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