母親という存在

父、母、姉、そしてひでじぃ。
両親に子供2人という一般的な家庭でひでじぃは育ちました。
今の時代、むやみに「一般的」なんて言ってしまうと思わぬ反論を受けるかもしれませんが、当時は一般的な家族構成でした。

父親が仕事で朝早くから夜遅くまで家を空けていることが多く、ひでじぃは母親と二人で、または母親と姉と3人で過ごすことが多かったです。

母親とは普通に仲良く過ごした幼少期。しかし、ひでじぃが中学生の頃だったでしょうか?その頃から両親の喧嘩が口喧嘩では済まなくなっていきました。
ビビりだったひでじぃは、その度に何もできずに見ているか、別の部屋でやり取りを聞いていることしかできませんでした。

最初は「殴らないとわからない」と言う父親に対して「殴っても我慢するだけで結局平行線」だと心では思っていましたが、ひでじぃが年齢を重ねると段々考えは変わっていきました。
実は、母親はふいにとんでもないことを言っていると思うようになりました。
意識してなのか無意識なのかは本人にしかわかりません。
しかし確実に相手の逆鱗に触れる。そんな言葉を時々発していることに気づきました。

例えばひでじぃに対してはこんなことがありました。

高校3年の時、進学希望だったひでじぃは片手で足りるほどですが何校か大学を受験しました。
しかしどれも不合格。その時に母親が放った言葉がこれです。

「わざとでしょ?」

皆さんの周りでわざと大学受験に失敗した人っていますか?
私は聞いたことがありませんし、わざと失敗する必要あります?
本当に意味不明でしたが、ひでじぃの母親はそういう人です。

なので、ひでじぃは母親にそこまで同情しなくなりましたし、母親のそういう部分は死ぬまで治りませんでした。
ただ、ひでじぃ自身が年齢と共に父親にも不満を言えるようになっていきましたので、父親とひでじぃが揉めるということも時々起こり、そのまま荒れた新居生活になだれ込むことになります。

人生における分岐点。引っ越しもそうですが、進学、就職、転職、結婚とか。
そういう時ってやっぱりトラブルが起きやすいのかな?って思ったりしますが、多分ひでじぃの家は夫婦喧嘩とか親子間のトラブルとか、よその家より多かったんじゃないかと思います。
父親が誰かを殴ることは時々ありましたし、家を追い出されたこともあります。
思い込みかもしれませんが、そんな気がしてなりません。

結構な田舎に引っ越しましたので、母親は出かけることも少なくなり、今まで以上にテレビの前で1日過ごすということが増えました。とにかくワイドショーと2時間サスペンスが大好き。
9.11の同時多発テロが起こった次の日、全貌が見え始めてテレビ各局はニュースで伝え始めたのですが、夜9時過ぎに仕事から帰るとやっぱり2時間ドラマを観てるんです。
昼間にさんざん再放送とか観てるはずなのに、世界が大注目するニュースそっちのけで2時間ドラマ。
まぁそれを流してる局があるので2時間ドラマが悪ではないですが、そういう母親であることに心からがっかりしました。
ここでチャンネルを変えると明らかに態度に出す人ですし、それも面倒なので諦めました。

この母親が大好きなもの。世間体、お金、テレビ。
うちには家計というか、生活費というものが存在しなかったように思います。

母親はひでじぃが知る限り、ほとんど外で働いたことがありません。
父の仕事を手伝うことはありましたが、ほぼほぼ専業主婦として暮らしていました。
そんな母が言うのです。
買い物に行った時にカゴにビールを入れると「私が払うの?」
実家に2つある懐中電灯を1つ欲しいと言うと「私のお金で買ったんだけど?」って。

「主婦の仕事をお金に換算すれば年間数百万になる」なんてことは解ってます。
ひでじぃは「生活費から払う」「生活費で買った」という感覚でしたが、母親は違うのです。

例えば父親とひでじぃが二人で自営業をやっていた頃、支払いはだいたい小切手でした。
それを銀行に持って行き、数日後に振り込まれる。父親とひでじぃは小遣いや給料として決まった額をもらう。その残りは生活費ではなく母親からすれば「自分のお金」になります。
結局のところ意味は同じかもしれませんが、お金に対する執着がとてもいやらしく思えました。

そのくせ物を蓄える癖がありました。ブランド物を買い漁るようなことはありませんでしたが、例えばトイレットペーパーやティッシュペーパー。牛乳や栄養ドリンク。
そのようなものが物置を占領し、冷蔵庫はいつも満タン。
冷蔵庫に昨日炊いたご飯が残っているのに次の日もまたご飯を炊くということも珍しくありませんでした。
とにかく物をたくさん持っていたいようで、父親が亡くなってからは「被害妄想」という一面も出てくるのですが、ある程度の年齢で受けた認知症のテストは異常なしだったので、そういう性格の人です。

その後父親も亡くなり、母親と2人での生活が始まりますが、気付かぬうちに仕事で大きなストレスを抱え、その上この母親に対するイライラ。
間もなくこの後数年にも及ぶ苦しみが始まります。



客観的に見れば、ひでじぃが甘えてるだけ。もっとできることがあったはず。などひでじぃに対するご批判もあって当然だと思います。
しかし、当事者の立場で言えば、その時にはどうにもならないこともあるのです。
その点はご理解いただきたいと思います。

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