それ、差別なん?

コロナの緊急事態宣言が解除されて数日。今のところはまだその効果もあり感染者数は減少傾向を続けていますが、月の半ば頃からは例によって増加傾向に転じるものと思われます。
ただ、これまでと違うのはワクチンがある程度普及し接種完了した方が6割程度いることでしょうか。

完全ではないにしてもかなりの確率で感染を抑えられ、たとえ感染しても重症化しにくいということが科学的(統計学的に?)に証明されています。
そういうこともあって宣言の一斉解除と経済活動の制限付き再開に踏み切ったと思いますが、少し前から「ワクチン接種済みか否か」で制限を設けるのは差別ではないのか?という議論があります。
ここでは、体質・アレルギーなどによって「打てない」人は除外して書きますが、ひでじぃはすでに2回接種しました。接種した人の中にも色々な考えがあって、医療従事者だから、感染が怖いから、会社の指示で、人にうつさない為・・・と自分の意志でという人もそうでない人もいると思います。
ひでじぃは自分の意志と言うよりは、ひでじぃの人生でこれだけ世界的に蔓延した感染症は初めてですし、副反応は心配でしたが特に深く考えずに「打って当然」ぐらいの気持ちで、打たないという選択肢は思い浮かびませんでした。

一方で、「打てない」ではなく「打たない人」人にも個人的な都合や根拠不明のものであったりそれぞれ理由があるものと思います。
そして最近では接種者と非接種者に同じ権利を与えないのは差別だとし、それを禁止する自治体も出てきました。
それ、差別って言いますか?
国もワクチン接種を推奨し、世界的に見てもワクチン接種が有効な対策だとされています。もちろん変異株の出現など100%の対策にはならないにせよ、有効な対策の一つであることに間違いありません。
それに協力した人と、自分の意志で協力しない人に同じ権利を与える。それって逆に、協力した人を差別することになりませんか?
これが差別なら、「レディースデイ」は差別じゃないんですか?「学割」は?「会員価格」は?

今の時代って、ひでじぃが若い頃と比べると、ちょっとしたことで「ハラスメントだ」「ヘイトだ」って問題になりますよね。
「テレビが面白くなくなった」って言われるのもそういうのが一因ではないでしょうか?
暴力的な演出などが「いじめにつながる」とか言いますが、はたして以前に比べていじめは減りましたか?
そして企業は極々少数のクレーマーの声を拾い、謝罪し対策します。その対策によってクレームは無くなったとしても、それを元々肯定していた大多数に新たな不満は出ないでしょうか?

少数派をないがしろにしていいとは思いませんが、100%なんてほぼほぼあり得ませんよね?
選挙なんて良い例だと思います。
我慢できずに声をあげる人もいれば、何も言わないが我慢している人もいる。
何でもかんでも不満を聞き入れるのが良い社会なんでしょうか?

もちろん聞き入れるべき不満、不平等はあると思います。
が、「みんな平等の社会」なんてありえないでしょ。
個人的には「毎回同じ人が我慢しなくていい社会」の方が自然である意味平等だと思いますが。

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