明日は我が身

1994年、ウクライナは核の放棄と引き換えにアメリカと安全保障を交わした。
しかし今回、その安全保障は何の効力も発揮せずに、ウクライナの転覆は目前に迫っている。

周辺国と領土問題を抱える日本。
島国であり、国内にいくつかの米軍基地があるため、「攻められにくい」とは言えるが、今回のウクライナと同じように、難癖つけられて侵攻される可能性がないわけではない。
その時アメリカは、本当に日本のため、日本人のために戦ってくれるだろうか?

NATOへの加盟を希望していたウクライナは「加盟国ではない」という理由でNATOからの派兵は見送られた。
そして日本もNATO加盟国ではない。
確かに武力に対して武力で応戦すれば、新たな大戦が始まったかもしれない。
しかし、侵略されたウクライナにとってはどうだろう・・・

アメリカとの安全保障に効果があるのかどうかはその時になってみないとわからない。
だが、その時になって今回のように「無意味だった」では済まされない。
相互確認する意味でも日米の安全保障をアップデートすべきだし、真剣に抑止力としての核の保有を検討すべきではないか?

アメリカが信用できない国だとは思わないが、日本やウクライナと交わしたアメリカの安全保障には、対ロ、対中の戦略的な思惑が含まれるのは間違いないわけで、別の意味合いも込められた安全保障にどれだけの覚悟があるのか?
その時にならないとわからないのは済まされない。
アメリカの存在は、以前ほど驚異ではないのだから。

せめてひでじぃが死ぬまでは、ただの不安、心配で終わることを願う。

*この記事は、ひでじぃが最近のネット記事等から見聞きした情報を基に、個人的な意見を述べたにす  ぎません。
勘違いや誤情報が含まれる場合があります。
ご了承ください。

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