当たり前?

「両親のどちらにつくか?」という選択肢があるとするならば、父親が死ぬまでは母親を選んだのですが、今となっては父親を選びます。
最近よく聞く「親ガチャ」ってやつだと、うちはハズレですね。
「お金だけはある」とか「仲だけは良い」とか、何も思いつきません笑

父親はひでじぃが苦手なAB型で職人気質。
外面が良くて家ではとにかく偉そう。
思い通りにならないと気が済まない。
自営業だったこともあり、休みの日でも家にいることはサラリーマンと比べると少なかったのですが、声が大きくて言葉遣いもキツくガサツで、存在自体がプレッシャーだったので、家にいる時はとにかく緊張していました。

ひでじぃが成長してくると仕事を手伝うことも多くなっていき、比較的機嫌が良い時間が増えていった気がしますが、徐々に自分の考えを持つようになり友達との付き合いなどが増えると、父親と意見が合わないことも増えていきました。

色々あって父親の仕事を本格的に手伝うようになり、(お互い)気を遣いながらも何年かはそれなりに上手くやっていたんですが、徐々に「父親の良さ」と「母親のダメさ」を感じるようになりました。
父親の良さと言っても「思ってたより一方的に父親が悪いわけではない」という程度ですが。

母親は「言ってはいけないこと」をサラッと言ってしまう人でした。
父親の母が亡くなって暫くした頃にポロっと何か言ったようで、その時はしばかれてました。
それまでも手を出さないわけではなかったのですが、その時から何かある度に手を出す様になりました。

最初は「とにかく殴る父親が悪い」と思っていたのですが、何度もそういう場面を経験してくると「殴られても仕方ない」という気持ちも湧いてきました。
それぐらいとんでもないことを言い放つ母親だったから。

母親も何があっても自分が悪いとは思わない人で、学習することもなかったので父親が死ぬまで時々殴られてました。

父親が死んだ時、予想外に涙があふれて、「実は父親のこと好きだったのか」と。
親戚には「ひでじぃには頭が上がらないみたいだった」と聞きました。
生きているときはそんな素振りは全く見せず、「お前らはわしが稼いだ金で食ってる」って言葉は何度か聞きましたが、その時のひでじぃは「どこの家もそうだ」と、それが普通で当たり前のことと心の中では思っていました。

父親が死んでからの母親は解放されたと思ってみていたのですが、意外と色々思い出して泣くんですよね。
「なんで離婚しないんだ?」って思うぐらいの夫婦関係に見えてたのでそれも意外。
ただ、経済力もなく基本的に家にいて家事をする以外は一日テレビを観ているひとだったので、家を出るということは難しかったかもしれませんが。

後にひでじぃも家を出ることになるのですが、その頃にはもう嫌気がさしていたし、時々様子を見に帰るぐらいだったのですが、「(近所で「ちょっとおかしいよね」って言われてる)〇〇家の親子が家にいたずらしている」という話を聞き、半信半疑だったのですが簡単な防犯対策をしてみたり、夜に実家の近くに車を停めてしばらく監視してみたりしました。
母親は直接文句を言いに行ったことも何度かあるようですが、それがただの思い込みだとわかったのは何年もたってからでした。

人の性格ってなかなか変わらないし、多分わかっててもなかなか変えることなんてできない。
人のことは言えませんが。
ただ、母親は一度「こう」と思ったら多分二度と考えを変えない人でした。
しっかり順序だてて説明しても「でも・・・」「あっそう」っていう感じです。
とにかく一緒にいると周りが「え?」ってなったり空気が悪くなることが多かったです。
ひでじぃのパニック障害の原因の半分ぐらいは母親だと思ってます。
実際家を出てから快方に向かったので。

今は母親も死んでしまったのですが、父親の墓参りには年に何度か行きます。
だいたい一人で行きます。奥さんは父親に会ったこともないし、ひでじぃが時間がある時にさっと行きたいってのもありますし。
その時に父親のお墓に向かって言うのは、「生きて行くって大変だな」って。
「家族のために働くのはどこの家でもやってる当たり前のこと」って思ってたけど、実際はすごく大変なことで、それができることが普通のことではないって今は思います。
そうできる人たちが凄いのであって、ひでじぃの様にメンタルも弱くて思ったように行動できず、居場所が見つからないような人たちからすると、ものすごくハードルは高い。

でもいつか、そっち側の人になれたらいいと思ってます。
「父親みたいに」とは思いませんが笑

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